【1992年】泣いちゃいそうだよ 渡辺美里
~若さって夏にしか表現できないの
あの一曲をトーク
1992年
夏
6月
渡辺美里
師匠
かおり
目次
- 夏を前に、いいんだよ「泣いちゃいそうだよ」
- 再レコーディングな「サマータイム ブルース」
ちょっと忙しめで時間が空いてしまいました。
夏休みを前に、若かった自分たちの恋を思い出すような曲。
でも、実際にはそういう経験はなくて、曲に思いを馳せるのです。
今日のカクテルは、少し濃い目の琥珀色で。
・ブランデー(VSOPくらい) 30ml
・ブルーキュラソー 10ml
・レモンジュース 少々
・ソーダで満たす
オレンジスライスを夕日に見立てて浮かべる
うーん、混ざると見た目が悪そうだな。
木曜日のタマネギ - 楽曲検索:泣いちゃいそうだよ 渡辺美里
https://www.thursdayonion.jp/search.php?mid=2kCXHXY7SbvzFUszi94EYuNO6Hppfll0L7Cstv2ROWs%3D
夏を前に、いいんだよ「泣いちゃいそうだよ」
なんかさ、寒かったり暑かったりするじゃない。
そういうときにこういう曲がいいんですよ。
美里さん、1990年代は自分が歌いたい世界をやっていた感じよね。
そうそう。
で、岡村ちゃんなわけだよ。でも、クセが強くないのは編曲の妙かもな。
悲しいんだけど、でも透明感があってさ、ウジウジだけじゃない。
泣いちゃいそうだよ
渡辺美里
1985/1/1 (5:15) 1536278042
発売:1992年6月
「泣いちゃいそうだよ」渡辺美里
作詞:渡辺美里
作曲:岡村靖幸
編曲:大村雅朗
泣いちゃいそうな理由は何も説明していないけどさ、泣く理由は嬉し泣き。
素足は無防備なのよ。大人の恋じゃない、でも子供すぎないの。
これから始まる感じなのに、泣いちゃいそう。
で、ラブレター投げる。
この恋が終わっちゃう強さも感じてるし、きっと終わることも知ってる。
幸せな時間は短くて、夏も恋も長く続かない。
それが泣きたい理由だとすれば、静かに海見ながら聞きたくなるのよね。
30年前に自分たちが過ごした一日、そのふとした瞬間だけ曲にできる。
これってすごく贅沢なことなんだと思うの。
「背中越し 夕焼け海に沈む」これだけで絵になるし情景が浮かぶし
そんな恋をしたかったな、恋じゃなくても少しだけはしゃぎたかったな。
そして「星くずが 悲しいくらいきれいだね」って言うのよ。
きれいな星空は長く続かない。幸せな今の瞬間は泡沫なの。
再レコーディングな「サマータイム ブルース」
ヒットしたサマータイム ブルースをここに再録するのがいいよな。
「泣いちゃいそうだよ」の歌詞の中にも「ラジオから流れてくる サマータイム ブルース」だし。
これはEddie Cochranの "Summertime Blues"(1958年)かもしれんが。
>夏なのに遊べない。
>アルバイトしないと車も乗れないし、彼女とも遊べない。
>偉い人に文句を言っても相手にされない。
そういうサマータイムブルース聞きながら彼氏に会って泣きたくなるのもブルース。
サマータイム ブルース
渡辺美里
1992/6/10 (4:38) 1536278042
「サマータイム ブルース」渡辺美里
作詞:渡辺美里
作曲:渡辺美里
プロデュース:Richard Dodd
でもさ、美里さんのサマータイムブルースもなかなか寂しいのよ。
「とりのこされたの 私のほうで きっと自由になったのは きみね」
そうなんだよな。
天気が良くてフリスビーで遊ぶ人と犬を見ながら、わたしは「とりのこされた」
わけだよ。ここでも裸足。
そう思うとこの2曲は世界観が続いているのかもしれないな。
ちゃんともう一度駆け出すから、そういう意味では前を向いてるんだけど、
でもちょっとだけ思い出し寂しくなって、周りの人たちが幸せそうで。
ここでは涙を見せないのよ。
「青春の夏」なんだよな。美里さんってやっぱり夏のイメージとか、西武球場の大きなライブとか。
そういう意味ではEddie Cochranも普遍的な金も時間もない若者を描いてるし、美里さんも恋に恋する情景を描く。
やっぱり夏はいいなぁって思うんだよね。
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