【1991年】プロポーズ KAN
~「プロポーズ」なのに指輪もないレストランも夜景もない
あの一曲をトーク
1991年
夏
7月
KAN
師匠
トミー
メグ
目次
- びっくりするほど自己主張しない「プロポーズ」
- 独身貴族も悪くないんだけど「恋する気持ち」
KANさんは実際の人となりはわからないけど、女の子にとってこのくらいの男性が魅力って思える時代が1990年代だったんじゃないかな。
西城秀樹さんみたいな「抱いてやる!」じゃないし、沢田研二さんみたいに格好つけないし、90年代槇原敬之さんほどナヨナヨしてない(笑)
今日はスプモーニにしようか。
・カンパリ
・グレープフルーツリキュール
・トニックウォーター
グレープフルーツと輪切りにしたオレンジを添えて。
少し「苦い」でも飲み進めると爽やか。恋ってそんなものだよね。
木曜日のタマネギ - 楽曲検索:プロポーズ/恋する気持ち KAN
https://www.thursdayonion.jp/search.php?mid=MlrVLYZftJ14PeWVwuzwAljekpiYF1BHurYF5FV6khI%3D
びっくりするほど自己主張しない「プロポーズ」
夏といえば海でしょ!やっぱり海につれてってくれて、夕日見ながら「好きだよ」って囁いてくれるのがいいのよ!
でもさ、この店はオッサンばかりなのよ(笑)
絶対海が似合わない師匠と、スーツ姿しか見たことがないトミーさんでしょ。
まぁ、歌謡曲バーに格好いい素敵な男は来ないのよ。
まぁまぁ、メグちゃん今日は飲みすぎだって。
ここでKANさんだよ。もうプロポーズしてるとはとても思えない。
「ぼくのほうが 少し速いけど 別に君を おいこしたりはしない」なんて歌うのKANさんだけ。このくらい草食のほうがいいんだって。
あはは。そうだよな。女性は一歩下がって影踏まずみたいな歌詞の70年代とか、やたらグイグイ前に出て腕を引っ張って連れて行く80年代とは違うもんな。
プロポーズ
KAN
1991/5/22 1720100850
発売:1991年7月
「プロポーズ」KAN
作詞:KAN
作曲:KAN
編曲:小林信吾・KAN
少し前なら、この曲の男の子はなんで「一緒に走ろう」じゃなくて「追い越さないから」っていうかわからなかったかも。
きっと師匠みたいな背中フェチなんですよ(笑)女の子の背中を押すの。
またもや性癖をバラされる師匠。
でもさ、KANさんの性癖はわからないけど、この曲の主人公、彼女を見る視点が後ろなんだよ。
「君の髪が風にゆれるのを見ながら走る」とかさ、瞳や笑顔はもう当たり前だし、ともすれば直視できないくらい恥ずかしく感じてるかも。
「君の話を全部きこう まとまりはなくてもいい」だもんな。
なんだろう、実際のところ女性の話があっちこっち行って、結論がわからなくてまとまりがないことも知ったうえで、彼女を前に出してる感はあるんだよな。
そうねぇ、女性が背中を見せるって、意外と難しいことなのよ。
何をされるかわからない相手には背中は見せられない。信頼してる相手だからこそ距離が近い、一緒に歩いていく感もあるよね。
この曲の男の子は自分の話を一切しないんだよ。
で、なにか始めたと思ったらサックス吹き始める(笑)しかも下手だって自認もある。
それをオチにして笑わせてロマンチックにする曲を自分で壊す。
この曲本当に新鮮だったと思うんだよ。
そこで歌手として「自分のほうが歌がうまい」とは言うから、なんか笑顔になっちゃうんだよな。
そして「ちゃかさず考えて」だよ。
ここが絶対断られないのがわかってる1966年加山雄三さん的「お嫁においで」とか1976年新沼謙治さんの「嫁に来ないか」とかと違うんだよ。まして1981年の郷ひろみさん「お嫁サンバ」とは違う。
この男の子、頼りないわけじゃないのよね。ちゃんと歩幅を合わせてくれる、それができるって強さなのかも。
指輪よりもずっと先の、「毎日の暮らし」を歌っている曲なんだろうな。
そして、この男の子焦ってないんだよ。ここでOKもらわなくても、もう彼女の中で人生の大切な部分にこの男の子があるという確信がある。
今週は「関白宣言」も聴いてるからさ、この12年の差を感じるよな。特に女性の役割の部分でね。
独身貴族も悪くないんだけど「恋する気持ち」
1990年代ってさ、すでにコンビニも充実、性的なことだっていくらでも解消できるすべがある。僕も含めてさ、1990年代に一人でも平気と思ってる男性はいくらでもいたわけよ。
でも、「緊張するね何でだろ」だぜ。まぁ、生身の女性にゃ敵わない(笑)
だから師匠も僕もうまいこと嫁さんがいてよかったねって話だな。
昔の歌謡曲見てると、やっぱり女性を食欲性欲解消の道具みたいな扱いしてるんじゃないかなぁって思っちゃうのよね。結婚してそりゃ素晴らしいだろうけど、じゃぁ女性はどうなのよ?って。
当時の女性の生き方というか、どうしても結婚して収入を男性に依存するってこともあるから、本来そういう意味では対等だったんだけど1990年代はもう「結婚退職」は古い考えになってきてたよな。
そうなると結婚する「理由」が変わってくる。
恋する気持ち
KAN
1991/7/11 1720100850
「恋する気持ち」KAN
作詞:KAN
作曲:KAN
編曲:小林信吾・KAN
女性も働き続けるのが珍しくなくなって、「嫁になる」より「一緒に暮らす相手を選ぶ」って感覚が強くなってきたんだろうな。
男性も、女性がいないと生活に困るわけではないんだけど・・・ってなるわけだ。
この曲は「肺の下の左奥」でそれを感じ取った(笑)
この男の人は「お金も時間も自由さ ぼくはぜいたくな一人者」ってちょっと前の言葉じゃ独身貴族なわけよね。
でも「あのコ ぜんぜん美人じゃないし 趣味もあわない」な子に惹かれちゃった。
「胸が苦しい」とは書かないんだよ。「肺の下の左奥がつらい」これがKANさんらしい。理屈っぽく書いてるんだけど、でも彼女が気になって、話ししたい、会いたい。
それを素直に言えない。
最後には「我慢できない」って言っちゃう。
勝手にドキドキしてるだけだから、彼女は全くそんなこと知らないし、多分この彼のことを気にもしてないってのが見えちゃう。
「肺の下の左奥」なんて多分医学的には曖昧だし、論理的でもない。
でも恋なんて、結局そんなものかもしれないな。
「この人といると安心する。」
「この人の笑顔が見たい。」
「この人に話を聞いてほしい。」
そういう説明しきれない感覚が積み重なって、「一緒に生きたい」
日常を「誰と過ごしたいか」が、恋する理由になっている。
ちゃんと伝えてくれないとわからないんだけどなぁ。
この男の人、きっとずっと秘めてるだけで伝えてくれないような気がするのよ。
そのあたりが女性と男性の差にもなってるのかもね。
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