【1978年】モンテカルロで乾杯 庄野真代
~異国は恋のアクセルを踏むための舞台装置
あの一曲をトーク
1978年
夏
7月
庄野真代
師匠
たまオネ
かおり
目次
- そもそもなぜモナコの地名が?「モンテカルロで乾杯」
- 長崎が舞台「ターキッシュ・ムーン」
庄野真代さんの「飛んでイスタンブール」に続く曲が「モンテカルロ」。いくら1970年代の日本人が外国に憧れるといっても、ちょっとやりすぎ感がある。
今日はカステラに合うカクテルを用意したいんだが・・・
なんとなくトルコ風味も長崎風味も、ましてモナコ風味もないが、こんなもんだろう。
「ターキッシュ・ハーレム・クーラー」
・ロゼワイン
・トニックウォーター 適量
この曲には赤でも白でもない、ロゼがいいんじゃないか?
木曜日のタマネギ - 楽曲検索:モンテカルロで乾杯 庄野真代
https://www.thursdayonion.jp/search.php?mid=Fqqo9AG0777m1%2Bv3C9TzRCom%2Faq2knTy%2BnfV98jSCsc%3D
そもそもなぜモナコの地名が?「モンテカルロで乾杯」
モンテカルロってモナコ公国の地区の名前よね?結構渋い地名選択じゃない?
多分作家陣行ったことないと思うんだけど。
あと、曲の中にモンテカルロを意味しそうな場所がないのよね。
あはは。まぁ、「飛んでイスタンブール」の次の曲だからな、海外旅行シリーズって意味ではあまり当時行かない国や地域を出してきたってことだよね。
たまオネ、当時のモンテカルロってどんな場所だったの?
なんか久々に師匠に呼ばれた気がするよ。
この頃のモンテカルロは、今の感覚とは少し違うイメージで日本人に受け止められていたんじゃないかしら。
1970年代のモンテカルロのイメージ
1970年代にはすでにモナコ公国は
・世界的な高級リゾート
・カジノ
・F1モナコグランプリ(1950年から開催)
・王侯貴族や大富豪が集まる社交場
というブランドが完成していた。
特に日本では海外旅行がまだ一般的ではなく、
>モンテカルロ=ヨーロッパの夢の世界
という記号だったのよ。
だから歌の中で「実際のモンテカルロ」を描く必要はなくて
「恋に傷ついた女性が、現実を忘れられる夢の舞台」
として名前だけ借りれば成立してしまう。
モンテカルロで乾杯
庄野真代
2005/1/26
発売:1978年7月
「モンテカルロで乾杯」庄野真代
作詞:ちあき哲也
作曲:筒美京平
編曲:筒美京平
そうよね。「踊ってモンテカルロ 熱いタンゴで夜通し」ってアルゼンチンじゃないんだからさ。
「シルクハットを月に飛ばして」
って舞踏会的な華やかさっていうか、ヨーロッパ全体的なイメージよね。
多分さ、この曲の大事な場所は「乾杯」なんだよ。
モンテカルロって場所よりも
「モンテカルロという夢に乾杯」というニュアンスが近いんじゃないかな。
・楽園
・明日は明日よ
・恋は狂詩曲
現実逃避の象徴だもんな。とりあえず「遠くに行きたい」くらいの意味なんじゃないか?
実際のモナコは小さな公国だけれど、「モンテカルロ」という名前だけで豪華さ・恋・夜・社交界・カジノまで全部連想できる。
それだけ世界的なブランドだったのよ。
だからこの曲は、「モンテカルロを歌った歌」というより、"モンテカルロ"という言葉が持つ魔法を歌った歌と考えると、とても1978年らしい作品なのかもね。
「そして24時間 あの都会(まち)あとに 霧にしめった列車 ひとり降りた時」
この最初の部分って、「上野発の夜行列車」って津軽海峡・冬景色のイントロに近い感じがあるよね。
24時間ってもしかしてイスタンブールからの距離・・・2500kmはあるから電車じゃ無理かなぁ。その続きのイメージもあったのかも。
日本人的に「距離と時間感覚」が会いたい人に会えたとか、傷心旅行で離れる距離とかにつながるんだよね。
この曲では彼氏は駅で待ってて、そのあとに「あれた砂漠」「キスの嵐で夜通し」のようにヤッちゃうわけだけど(笑)でもそれはあくまで一夜。
そして「恋は狂詩曲(ラプソディ)」だよ。
狂詩曲(ラプソディ)は音楽用語としては
・自由な構成
・複数の主題が入り乱れる
・感情の起伏が激しい
という意味だから、
恋に当てはめると
・感情がまとまらない
・気持ちがあちこち飛ぶ
・理性より勢い
ということになる。
多分「異国」は正確な土地の描写ではなく、「現実から遠く離れた場所」の象徴だった。
だからこの歌は、地理的にはめちゃくちゃなのに、主人公の感情だけは一貫している。
「もうどうでもいい!今日は恋とお酒に溺れてしまえ!」
その勢いだけで最後まで押し切ってしまう。
まぁ、多分地名には大した意味はなくて、「長い時間かけて、もう後戻りできないところまで来てしまった」という演出なのよね。
でも「だけどひきかえすより 他にしかたなさそう」って「明日は明日よ」って打算的な女。
1970年代の女性が自由に憧れた。っていうと少し雑なのかもね。
長崎が舞台「ターキッシュ・ムーン」
B面がまぁまぁ問題作だな。打算的なA面から、現実見ちゃったB面、しかも長崎の街角で。
「ギヤマンの街角」でもう長崎なんだけど、わざわざ地名を出してるのもA面と対比だよね。「日本の中の異国」って。
とはいえ「ターキッシュ」だぜ。ここでまたトルコが出てくるんだよ。どれだけイスタンブルなんだよ(笑)
長崎の男は他の女に夢中だった、せっかくジェットに乗って会いに来たのにって情景を思うとさ。ちょっと可愛そうよね。
「どうぞあのひと 愛してあげて」って私は身を引くって宣言だからさ。
「みんなおしまい....」はなかなかの失恋っぷりで心配になる。
ターキッシュ・ムーン
庄野真代
2005/1/26
「ターキッシュ・ムーン」庄野真代
作詞:ちあき哲也
作曲:筒美京平
編曲:船山基紀
一番気になるのは「急いでジェット・プレイン」ね。
普通なら
「急いでジェット・プレーン」
だと思う(笑)。
これ、当時流行し始めたSFっぽい言葉遊びなんじゃないかな。
「銀河と時のむこうへ 星から星へさまよい」
まで行くと、もう現実逃避が宇宙規模になってるもんね。
普通の飛行機じゃないのよ。
「明日は明日」って打算的だったA面から
「あんなできごと…………」だぜ。
もうお二人さんのアレ「見ちゃった」ってことじゃん(笑)
そりゃもう、傷心旅行は上野発の夜行列車どころか「銀河と時のむこうへ」になっちゃう。
「ひとの気持ちは ステンド・グラス 陽のあたり具合で やさしさも移るの…」
だもん。やってらんないよねぇ。信じてた男に裏切られましたって。
主人公の女の子「みんなおしまい…………」って今にも命を絶とうかって瀬戸際ではあるんだけど、でも「はるかなしあわせさがし」って一応前を向くのよ。
稲佐山で夜景見てさ、ちゃんぽんとごま団子でお腹いっぱいになって忘れるしかないのよね。
この曲で好きなのは、モンテカルロと違って長崎をちゃんと「異国の港」として使っているところだよな。そこにターキッシュだ。意味がわからん。
でもさ、帰りの飛行機乗る前にカステラ買って、職場のみなさんにってお裾分け位はしそうなOLさんが見えるな。
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